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東京地方裁判所 昭和59年(行ウ)51号 判決 1987年9月16日

神奈川県鎌倉市小町二丁目一六番一三号

原告

吉永多賀誠

右訴訟代理人弁護士

吉永堯彦

東京都千代田区神田錦町三丁目三番地

被告

麹町税務署長

関明

右指定代理人

林菜つみ

大原豊実

早川宮次郎

中村有希郎

主文

一  被告が昭和五八年三月一〇日付けでした原告の昭和五四年分所得税の更正の取消を求める訴えを却下する。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五八年三月一〇日付けでした原告の昭和五四年分、昭和五五年分所得税の各更正並びに昭和五六年分所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

主文一と同旨

2  本案の答弁

原告の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  課税経緯

原告は青色申告書提出の承認を受けている弁護士であるが、昭和五四年ないし昭和五六年分(以下「本件係争各年分」という。)の所得税に関し、原告のした確定申告、これに対する被告の各更正(以下「本件各更正」という。)及び過少申告加算賦課決定(以下「本件賦課決定」といい、本件各更正と併せて「本件各更正等」ともいう。)、これに対する原告の審査請求及びこれに対する審査裁決の経緯は、別表一記載のとおりである。

2  本件各更正は、原告の総所得金額を過大に認定している。

3  よって、原告は、本件各更正等の各取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

被告が昭和五八年三月一〇日付けでした原告の昭和五四年分所得税の更正(以下「昭和五四年分更正」という。)の取消しを求める訴えは、次の理由により、その訴えの利益を欠く不適法なものであるから、却下されるべきである。

1  被告が調査したところによると、原告の昭和五二年分の所得税については、純損失の金額七二二万六六七二円が生じ、翌年へ繰り返す純損失の金額も右金額と同額である(別表二の昭和五二年分の「再更正」欄参照)。

右の損失の繰越額七二二万六六七二円は、所得税法七〇条一項の規定に基づき、原告の昭和五三年、昭和五四年及び昭和五五年分の総所得金額の計算上、順次控除されるべきところ、被告は、原告の昭和五三年分の総所得金額の計算上六一〇万〇七二八円を控除し(別表二の昭和五三年分の「更正」欄参照)、更に、昭和五四年分の総所得金額の計算上一〇六万九三〇六円を控除した(別表二の昭和五四年分の「更正」欄参照)。

その結果、右昭和五三年及び昭和五四年分の総所得金額は零円となり、昭和五五年に繰り越される純損失の金額は、五五四万六六三八円となる(別表二の昭和五四年分の「更正」欄参照)。

しかしながら、原告の昭和五五年分については、所得が生ぜず、純損失の金額一四六万〇三〇一円が生じている(別表二の昭和五五年分の「更正」欄参照)から、右の昭和五四年から繰り越された純損失の金額五五四万六六三八円は、控除できず、また、右繰越純損失の金額は、昭和五二年に発生したものであるが、所得税法七〇条一項の規定により、昭和五六年分以後の総所得金額の計算上も控除されることなく打ち切りとなる。

2  ところで、原告が主張するところによると、昭和五四年分の総所得金額は零円であり、また、昭和五五年に繰り越される純損失の金額は六三三万九四一九円である(別表二の昭和五四年分の「確定申告」欄参照)が、右繰越純損失の金額は、昭和五二年に発生した純損失の金額七三三万三七一一円(別表二の昭和五二年分の「確定申告」欄参照)から昭和五三年及び昭和五四年分の総所得金額の計算上控除した繰越残額であり、この額は、前記1と同様に昭和五五年で控除打ち切りとなる。

しかして、昭和五五年分に関し、原告が主張するところは、被告の主張するところとは相違するが、同様に所得が生ぜず純損失の金額二一四万八六三〇円が生じている(別表二の昭和五五年分の「確定申告」欄参照)から、昭和五四年から繰り越された純損失の金額六三三万九四一九円は控除できず、昭和五六年以後も控除されることなく打ち切りとなる。

3  以上述べたとおり、昭和五四年分については、原、被告双方が主張する総所得金額は同じく零円であり、しかも、昭和五五年に繰り越される純損失の金額は、被告と原告の主張額に相違があるものの、いずれも昭和五五年分以後の総所得金額から控除されることはなく打ち切りとなるのである。

すなわち、昭和五四年分については、被告の主張額によっても、また、原告の主張額によっても、同年分の所得税額の計算上及び昭和五五年分以後の総所得金額の計算上、何ら影響を及ぼすことはないのである。

よって、原告の昭和五四年分更正の取消しを求める訴えは、その訴えの利益がなく不適法なものであるから、却下されるべきである。

三  被告の本案前の主張に対する原告の認否

被告の本案前の主張は争う。ただし、原告の昭和五二年分ないし同五五年分の所得税に係る確定申告、各更正、再更正の内容が別表二の各年分の表のとおりであることは認める。ただし、同表の昭和五五年分の表のうち、「確定申告欄」の純損失の翌年繰越額欄の「二、一四八、六三〇」とあるのは、「八、四八八、〇四九」でなければならない。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2、3は争う。

五  被告の主張

1  所得金額の算定根拠

原告の本件係争各年分の事業所得の金額及び所得の金額の計算明細は別表三のとおりである。同表における各項別の内訳は次のとおりである。

2  「事業所得の金額」について

(一) 「確定申告額」について

この金額は、原告が本件係争各年分の確定申告書に記載した事業所得の金額である。

(二) 「顧問料収入の総収入金額算入」について

(1) 原告は、別表四の「支払者」欄に記載の者(以下「本件顧問先」という。)から顧問料として同表の各年分「金額」欄に記載の金額(以下「本件顧問料」という。)を受領した。

(2) 原告は、本件顧問料をそれぞれ本件係争各年分の給与所得の収入金額に算入して確定申告をした。

(3) しかしながら、次の理由により本件顧問料はそれぞれ本件係争各年分の事業所得の総収入金額に算入すべきものである。

<1> 原告は、東京都千代田区内幸町一丁目二番二号大阪ビル第二号館八六四号室に自己の法律事務所を有し、本件係争各年分当時、継続して弁護士業を営んでいた。

<2> 原告と本件顧問先との間の顧問契約はいずれも口頭で行われ、その契約における原告の負担する債務は法律相談に応じて意見を述べることであり、そのことは、本来の弁護士業務と全く異なることのない内容である。

<3> 本件顧問料に係る顧問契約は、いわゆる雇用契約のように勤務時間、勤務場所について格別の条件が付されたものではないから、本件顧問先に専従する等原告を拘束するものではない。また、そのことは、常時数個の顧問契約が存在することからも明らかである。

<4> 右顧問契約の具体的内容及びその履行の態様は、本件顧問先が随時質問してくる法律問題について、依頼の都度原告の事務所で原告の執務時間内に、多くは電話により、時には原告の事務所を訪れた本件顧問先担当者に対し口頭で法律相談に応ずるというものである。なお、本件係争各年分当時、右顧問契約に基づく本件顧問先から原告に対する法律相談はほとんどなかった。

<5> 本件顧問先は、原告との間の顧問契約が給与所得を生ずる雇用契約又はこれに類する契約のように原告を拘束するものではないと認識している。したがって、原告に対して通勤手当、扶養手当、夏期手当、年末手当等を一切支払わないし、また、本件顧問料に係る所得税の源泉徴収に当たっても、健康保険法、厚生年金法等による保険料の控除をせず、弁護士業務に関する報酬又は料金(所得税法二〇四条一項二号)として所得税を源泉徴収している。

(4) このため、被告は、本件係争各年分の本件顧問料を原告の事業に係る収入金額として、それぞれ原告の当該各年分の確定申告に係る事業所得の金額に加算した。

(三) 「解嘱慰労金の総収入金額算入」について

(1) 昭和五五年七月二九日に原告は小松ゼノア株式会社から解嘱慰労金(以下「本件解嘱慰労金」という。)として三三万三三三三円を受領し、その金額を昭和五五年分の給与所得の収入金額に算入して確定申告をした。

(2) しかしながら、次の理由により本件解嘱慰労金は、右年分の事業所得の総収入金額に算入すべきものである。

<1> 原告と小松ゼノア株式会社との間の関係は単なる顧問契約であり、しかも、その顧問契約が雇用契約又はこれに類する契約ではないことは、前記(二)の(3)の<1>ないし<5>のとおりである。

<2> 本件解嘱慰労金に関しては、原告と小松ゼノア株式会社との間にあらかじめ得段の定めはなかった。

<3> そうすると、本件解嘱慰労金は、原告が小松ゼノア株式会社の顧問として同社のために永年弁護士業務を行っていたこと及びその顧問契約が終了したことに起因して支払われた金員であると解される。

<4> 小松ゼノア株式会社も本件解嘱慰労金に係る所得税の源泉徴収に当たって、前記(二)の本件顧問料と同様に、弁護士業務に関する報酬又は料金として所得税を源泉徴収している。

(3) このため、被告は、本件解嘱慰労金を原告の事業に係る収入金額として原告の昭和五五年分の確定申告に係る事業所得の金額に加算した。

(四) 「旅費交通費の必要経費算入否認」について

(1) 原告は別表五の「支払者」欄に記載の者から旅費等(交通費、宿泊費、日当をいう。以下同じ。)として別表六の「旅費受領額」欄記載の金額(以下「本件旅費等」という。)を、うち日当として別表五の各年分「金額」欄に記載の金額(以下「本件日当」という。)を受領した。

(2) 原告は、本件日当を含む本件旅費等をそれぞれ本件係争各年分の事業所得の総収入金額に算入するとともにこれと同額を旅費交通費としてそれぞれ当該各年分の必要経費にも算入して事業所得の金額を算出し、本件係争各年分の確定申告をした。

(3) しかしながら、被告所部係官が原告を調査したところ、本件日当に相当する金額を支出した事実は認められなかった。

(4) このため、被告は、本件日当に相当する金額の必要経費算入を否認し、本件係争各年分の本件日当の金額をそれぞれ原告の当該各年分の確定申告に係る事業所得の金額に加算した。

(五) 「減価償却費の必要経費算入否認」について

(1) 原告は、複写機の減価償却費六万一二〇〇円(以下「本件減価償却被」という。)をそれぞれ昭和五四年分及び昭和五五年分の必要経費に算入して事業所得の金額を算出し、当該各年分の確定申告をした。

(2) しかしながら、次の理由により、必要経費に算入すべき本件減価償却費は昭和五四年分について四、二五〇円のみとなる。

<1> 複写機の償却可能限度額は、所得税法施行令一三条一項一号により、その複写機の取得価額三四万円の百分の九五に相当する金額である三二万三〇〇〇円である。

<2> 昭和五三年分までにその複写機の減価償却費として原告の必要経費に算入された金額の合計額は、昭和五一年分一万二七五〇円、昭和五二年分一五万三〇〇〇円及び昭和五三年分一五万三〇〇〇円の合計三一万八七五〇円である。

<3> したがって、その複写機の昭和五四年分の減価償却費は右償却可能限度額三二万三〇〇〇円に達するまでの金額四二五〇円となり、昭和五五年分の減価償却費は昭和五四年分までの減価償却費として必要経費に算入された金額の合計額が償却可能限度に達しているから零円となる。

(3) このため、被告は原告が昭和五四年分の必要経費に算入した減価償却費六万一二〇〇円のうち償却可能限度に達するまでの金額四二五〇円を超える部分の金額五万六九五〇円について、また、原告が昭和五五年分の必要経費に算入した減価償却費六万一二〇〇円の全額について、その必要経費算入を否認し、右各年分の確定申告に係る事業所得の金額に加算したものである。

(六) 「青色申告控除の認否」について

(1) 原告は昭和五四年分の事業所得の金額を△九万七六四〇円として確定申告した。

(2) しかしながら、前記(一)ないし(五)の昭和五四年分の各項目を加算すると、原告の右年分の事業所得の金額は一一六万九三〇六円となる。

(3) したがって、被告は、原告がいわゆる青色申告者であるところから租税特別措置法二五条の三の規定に基づき青色申告控除額一〇万円を更に控除した。

(七) 以上の結果、原告の各年分の事業所得の金額は別表三の「7」欄のとおりとなる。

3  「給与所得の金額」について

(一) 原告は本件顧問料及び本件解嘱慰労金をそれぞれ本件係争各年分の給所得の収入金額に算入して確定申告をした。

(二) しかしながら、本件顧問料及び本件解嘱慰労金は、前記2の(二)及び(三)で述べたとおり事業所得の総収入金額に算入すべきものである。

(三) このため、被告は、原告の確定申告に係る本件係争各年分の給与所得の収入金額からそれぞれ当該各年分本件顧問料及び本件解嘱慰労金の額に相当する金額を減算してそれぞれ年分の給与所得の金額を計算した。

この結果、本件各年分の給与所得の金額はいずれも零円となる。

4  「総所得金額」について

以上のとおりであるから、原告の本件係争各年分の所得金額又は純損失の金額は次のとおりとなる。

(一) 原告の昭和五四年分の純損失の繰越控除前の所得金額は事業所得金額一〇六万九三〇六円のみであり、また、前年から繰り越された純損失の金額は六六一万五九四四円であるから、昭和五四年分の総所得金額の計算上控除することができる純損失の金額は一〇六万九三〇六円となる。

したがって、右控除額一〇六万九三〇六円を控除すると原告の昭和五四年分の総所得金額は零円となり、翌年へ繰り越す純損失の金額は前年から繰り越された純損失の金額六六一万五九四四円から同年分の控除額一〇六万九三〇六円を差し引いた金額五五四万六六三八円となる。

(二) 原告の昭和五五年分については、事業所得に係る損失の金額一四六万〇三〇一円のみであるから、純損失の金額一四六万〇三〇一円が生じ、前年から繰り越された純損失の金額五五四万六六三八円と本年分の純損失の金額との合計額は七〇〇万六九三九円となる。しかし、右金額のうち五五四万六六三八円は昭和五二年分において生じた純損失の金額であるから、翌年に繰り越すことはできない。したがって、翌年に繰り越す純損失の金額は一四六万〇三〇一円となる。

(三) 原告の昭和五六年分については、前年から繰り越された純損失の控除前の総所得金額は、事業所得金額一一五八万〇八六三円のみであり、また、前年から繰り越された純損失の金額は一四六万〇三〇一円であるから、これを控除すると原告の昭和五六年分の総所得金額は一〇一二万〇五六二円となる。

(四) 以上述べたとおり、被告が本訴で主張する原告の本件係争各年分の総所得金額又は純損失の金額は、

いずれも本件各更正に係る当該各金額と同額であるから、被告の本件各更正は適法である。

5  本件賦課決定

(一) 被告が昭和五八年三月一〇日付けでした原告の昭和五六年分の所得税の更正により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が、右更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法(昭和五九年法律第五号による改正前のもの。以下同じ。)六五条二項に規定する正当な理由があるとは認められない。

(二) よって被告は、右更正により納付すべき税額に一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額に相当する本件賦課決定を行ったものである。

六  被告の主張に対する原告の認否

1  被告の主張1について

別表三の「事業所得の金額」欄の各項目のうち、「1確定申告額」欄の各金額、「5 減価償却費の必要経費算入否認」欄の各金額の加算、「6 青色申告控除の認容」欄の金額の減算、「給与所得の金額」欄の項目のうち、「8 確定申告額」欄の各金額については、認め、その余は争う。

2  同2について

(一) (一)、(二)の(1)、(2)の各事実は認める。

(二) (二)の(3)の冒頭の主張は争う。

(二)の(3)の<1>、<4>の事実は認める。

(二)の(3)の<2>のうち、原告と本件顧問先との間の顧問契約はいずれも口頭で行われたこと、その契約における原告の負担する債務は法律相談に応じて意見を述べるというものであることは認め、その余の事実は否認する。

(二)の(3)の<3>のうち、右顧問契約は、原告が本件顧問先に専従する等の拘束を伴うものでないことは認める。

(二)の(3)の<5>のうち、本件顧問先の認識は否認し、その余の事実は認める。

(二)の(4)は、本件顧問料を原告の本件係争各年分の確定申告に係る事業所得の金額に加算することは争う。

(三) (三)の(1)の事実は認める。

(三)の(2)の<1>の事実は否認し、<2>ないし<4>の事実は認める。

(三)の(3)は、本件解嘱慰労金を原告の昭和五五年分の確定申告に係る事業所得の金額に加算することは争う。

(四) (四)の(1)、(2)の事実は認める。

(四)の(3)の事実は否認する。

(四)の(4)は、本件係争各年分の本件日当の金額を原告の当該各年分の確定申告に係る事業所得の金額に加算することは争う。

(五) (五)、(六)の事実は認める。

(六) (七)は争う。

3  同3について

(一)の事実は認める。(二)、(三)は争う。

4  同4、5は争う。

七  原告の反論

1  本件顧問料について

(一) 本件顧問料に係る所得は、次のとおり、給与所得に該当するから、これを事業所得と認定してした本件各更正には、所得の種類を誤って認定した違法がある。

(二) 原告と本件顧問先との間の顧問契約においては、本件顧問先が顧問弁護士である原告に対し、法律問題につき意見を求める権利と報酬を支払う義務を有し、原告がこれに応答する義務と報酬を受ける権利を有するのであるから、右契約は雇用契約というべきである。顧問弁護士が顧問会社の法律相談に応じるには、時間、場所の特定を要しないのであるから、勤務時間、勤務場所等につき格別の条件が付されていないことは、本件顧問契約を雇用契約とみることに支障となるものではない。

(三) 弁護士が一般の法律事務として法律相談を行う場合は、相談に応じるか否かは弁護士の自由であり、相談に応じる場合の報酬もその都度定められるのであって定額ではない。これに対し、本件顧問料の場合は、本件顧問先と原告との間に、あらかじめ、一定の法律関係(雇用契約)が存在し、来れに基づいて、定時、定額の金員が支払われるのであるから、右は、所得税法二八条一項所定の給与等に係る所得に該当する。昭和二七年四月三〇日付け直所一―六六「昭和二七年三月改正所得税法の取扱について」と題する通達の二八には、「弁護士、税理士、公認会計士、経理士、会計士補等が当該役務の提供の対価として受けるものは、固定給等、給与所得であるものは、給与所得とし……」と定められており、弁護士の受け取る報酬であっても、それが固定給等であれば、給与所得に該当することは右通達からしても明らかである。

(四) 顧問弁護士は、顧問契約により顧問先に係る所得を給与所得と認定することの妨げとはならない。給与所得者が一人の給与支払者に専属する必要がないことは、所得税法一九四条一項六号に「二以上の給与等の支払者から給与等の支払を受ける場合には……」の規定があることからも明らかである。

(五) 原告が本件顧問先から通勤手当等の諸手当の支給を受けていないのは原告と本件顧問先との関係が、国家公務員についても存在する、非常勤の関係であることによるものであり、また、原告が本件顧問先から社会保険料を控除されていないのは二か所以上から給与を受ける者は一か所の社会保険にしか加入することができず、原告は本件顧問先の社会保険には加入していないことによるものであって、いずれも、本件顧問料が給与所得であることを否定する根拠とはならない。

2  本件解嘱慰労金について

(一) 原告と顧問先である小松ゼノア株式会社との顧問契約は右1記載のとおり雇用契約であるところ、本件解嘱慰労金は、右顧問契約の終了によってはじめて生じる給与であり、原告が退職前に長期右顧問先の顧問をしてきたことに対する報酬であるから、所得税法三〇条一項所定の退職手当等に該当する。

(二) 本件解嘱慰労金に対する支払者(顧問先)の源泉徴収の方法は誤っているが、支払者の源泉徴収の方法により所得性質を決定すべきものではない。

(三) したがって、本件解嘱慰労金に係る所得は退職所得に該当する。

3  本件日当について

(一) 弁護士である原告が受任事件処理のため事務所所在地外に出張する場合に依頼者から支払を受ける日当は、出張費のうち交通費、宿泊費に含まれない旅行中の食事代その他の雑費の支払に充てるための実費弁償として定額支給される旅費の一種であって、原告の事業収入ではない。また、日当は役務に対する性質を有しないので報酬ではない。このことは、刑事訴訟法三八条二項、人身保護法一四条三項等の規定が日当を報酬と区別して定めていることからも明らかである。

(二) 給与所得者が受領する旅費等については、所得税法九条一項四号に該当するものにつき非課税とされているが、右規定は、条理上、当然のことを定めたものであるから、原告が依頼者から受領する旅費等についても、条理上非課税と解すべきである。

(三) 仮に本件日当を収入とみるとしても、本件日当は青色申告者の備え付けるべき帳簿にその支出の細目の記載を要しないものであるから、その金額を必要経費に算入すべきである。すなわち、原告が本件日当をもって支弁する金額の支払先であるタクシー会社等への支払は所得税法施行規則五七条の取引に該当しないのでその支出の記載義務がないのであり、また、仮に右記帳義務があるとしても、原告が本件日当から支弁した金額を帳簿書類に一括記載することは、帳簿書類の記録の方法を定めた昭和四二年八月三一日付け大蔵省告示第一一二号(所得税法施行規則五六条二項(現行の同条一項)、五八条一項及び六一条一項の規定に基づき、これらの規定に規定する記録の方法及び記載事項、取引に関する事項並びに科目を定める件。以下「本件大蔵省告示」という。)の予定するところである。被告が、原告が出張をした事実を認め、交通費、宿泊費については、その金額が費消されたことを認めておきながら、本件日当のみを区別し、支払の事実が認められないことを理由にその金額を事業所得として課税したのは法律の定めに基づかない課税で、憲法二九条、三〇条、八四条に違反する。弁護士が、裁判等のため出張する場合には、タクシー代等の諸雑費を支出することが当然予想されるのであるから、原告が本件日当から右諸雑費を支出しなかったというのであれば、被告において、右事実を立証すべきであり、その立証責任は被告にある。

(四) 本件日当は、次のとおり、全額費消されたのであるから、全額を必要経費に算入すべきである。

(1) 弁護士の旅費額は、弁護士法三三条の規定に基づき、会則及び規定をもって定めることになっており、日本弁護士連合会の規程は左記のとおりである。

旅費 実費とし鉄道運賃は最高運賃

日当 一日一万円以上

宿泊料 実費

(車賃の定めなし。)

原告弁護士事務所の旅費額の定めは左記のとおりである。鉄道運賃は、事務所所在地から出張地の裁判所の最寄りの駅までの鉄道運賃であり、宿泊料は出張地のホテルの室料相当額のみである。日当は、右鉄道運賃、宿泊料を除いた当該出張に必要な諸雑費(タクシー代等の交通費、食事代等)に充てるためのものである。

鉄道運賃 国鉄時刻表の記載による運賃

宿泊料(室料) 一泊につき昭和五五年まで一万円、昭和五六年から二万円(料理飲食等消費税及びサービス料を含む。)

日当 一日当たり昭和五五年まで一万五〇〇〇円、昭和五六年から二万円

(2) 原告がした本件日当に係る出張についての経路、宿泊費、旅費受領額、支払内訳等の詳細は別表六、原告が本件日当から支出した食事代、車中飲物代、読物代、その他の費用(タクシー代を除く。)の詳細は別表七、タクシー代の支出については別表八に各記載のとおりである(別表七、八の各金額は、ロッカー代、菓子折代を除き「約」の金額である。)。

なお、別表六ないし八につき、出張地が「新潟県長岡市」と記載されているのは、原告が増田勝治から受任した事件についての、「愛媛県西条市」と記載されているのは古川恒平から受任した事件についての、「大阪市」と記載されているのは小松ゼノア株式会社から受任した事件についての、「長野県軽井沢町・長野市」と記載されているのは日本ファーネス工業株式会社から受任した事件についての、「三重県熊野市」と記載されているのは岡田幸二から受任した事件についての出張に関するものである。

また、別表六の番号8の長岡市への出張の際の交通費一万八八〇〇円は、原告の住所所在地の横須賀線鎌倉駅から裁判所所在地の長岡駅までの間の乗車券、上野駅から長岡駅までの間の特急券、並びに上野駅から長岡駅までの間及び鎌倉駅から東京駅までの間のグリーン券の料金(いずれも往復分)である。

(3) 本件係争各年分当時におけるタクシー料金(中型車)は左記のとおりである。

東京都のタクシー料金 最初の二キロメートルは四七〇円、その後、三七〇メートルごとに八〇円、時速一〇キロメートル以下のとき二分一五秒ごとに八〇円

長岡氏のタクシー料金 最初の一・五キロメートルは四五〇円、その後三九五メートルごとに八〇円、時速一〇キロメートル以下のとき二分二五秒ごとに八〇円

名古屋市のタクシー料金 最初の二キロメートルは四七〇円、その後三九〇メートルごとに八〇円、時速一〇キロメートル以下のとき二分二五秒ごとに八〇円

大阪市のタクシー料金 名古屋のタクシー料金と同じ

西条市のタクシー料金 最初の一・五キロメートルは四〇〇円、その後の三九五メートルごとに七〇円、時速九キロメートル以下のとき二分四〇秒ごとに七〇円

4  本件賦課決定について

一般に、納税者と課税庁の間の法律解釈についての意見の相違は、国税通則法六五条二項所定の正当な理由となるのであり、本件において、原告は、本件顧問料本件解嘱慰労金、本件日当につき、被告と法律解釈についての意見を異にするのであるから、本件賦課決定は根拠を欠く違法なものである。

八  原告の反論に対する被告の認否及び再反論

(認否)

1 原告の反論1、2はすべて争う。

2 同3の(一)ないし(三)はすべて争う。

(四)の冒頭の主張を争う。(四)の(1)のうち、日本弁護士連合会の規程が原告主張のとおりであることは認め、原告弁護士事務所の旅費額の定めについては不知。

(四)の(2)の事実は不知。ただし、原告が旅費等として別表六の「旅費受領額」欄記載の本件旅費等を受領したことは認める。また、原告主張の本件係争各年分当時におけるタクシー料金(中型車)についての認否は左記のとおりである。

(一) 東京都のタクシー料金について

認める。ただし、原告主張の料金は、昭和五九年二月一八日から適用されている中型車についてのものである。

(二) 長岡氏のタクシー料金について

認める。ただし、原告主張の料金は、昭和五七年九月二四日から同五九年一一月一三日までの間において適用された中型車についてのものである。

(三) 名古屋市タクシー料金について

認める。ただし、原告主張の料金は、昭和五九年五月三〇日から適用されている中型車についてのものである。

(四) 大阪市のタクシー料金について

認める。ただし、原告主張の料金は、昭和五九年七月四日から適用されている中型車についてのものである。

(五) 西条市のタクシー料金について

認める。ただし、原告主張の料金は、昭和五九年三月二三日から適用されている中型車についてのものである。

右(一)ないし(五)のとおり、原告主張のタクシー料金は、いずれも本件係争各年分(昭和五四年分ないし同五六年分)後のものである。

(再反論)

1 本件顧問料について

(一) およそ業務の遂行ないし労務の提供から生ずる所得が所得税法上の事業所得(同法二七条一項、同法施行令六三条)と給与所得(同法二八条一項)とのいずれに該当するかを判断するに当たっては、租税負担の公平を図るため、所得を事業所得、給与所得等に分類し、その種類に応じた課税を定めている所得税法の趣旨、目的に照らし、当該業務ないし労務及び所得の態様等を考慮しなければならないのである。

したがって、弁護士の顧問料についても、これを一般的抽象的に事業所得又は給与所得のいずれかに分類すべきものではなく、その顧問業務の具体的態様に応じて、その法的性格を判断しなければならないのである。

そして、右判断の一応の基準として、両者を次のように区別するのが相当であると解されている。

すなわち、事業所得とは、自己の危険と計算において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいい、これに対し、給与所得とは、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいうのである。

なお、給与所得については、とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならないものと解されている。

(二) これを本件についてみると、原告は、第一東京弁護士会所属の弁護士であり、本件係争各年分当時、東京都千代田区内幸町一丁目二番二号大阪ビル内に自己の法律事務所を有し、使用人四人を使用して特定の事件処理のみならず、法律相談等の業務もその内容として、継続的に弁護士業務を営んでおり、その業務の一環として別表四に掲げる本件顧問先各社との間に本件顧問契約を締結したものであって、この契約には詳細な契約条件などは何ら存在せず、本件顧問先に法律問題が生じた都度、その要請に基づき原告がその法律相談等に応じて法律家としての意見を述べる業務を行うというものであり、この業務は本来の弁護士の業務と何ら異なるものではないのである。

すなわち、本件顧問契約により原告が特定の会社の業務に定時専従する等、勤務時間、勤務場所などにつき格別の拘束を受けるものではなく、したがって、この契約は常時数社との間で締結されており、その実施に当たっても顧問先各社からの電話により、時には右会社の担当者が原告の事務所を訪れて随時法律問題等につき原告の意見を求め、原告においてその都度その事務所において電話又は口頭で右の法律相談等について意見を述べるというものであり、その対価として毎月の報酬を得ているにとどまり、これら原告のなした業務に伴う費用も原告の弁護士業務に共通の費用として支弁されているのである。

しかも、本件顧問先各社においては、毎月本件顧問料の一〇パーセント相当額を所得税として源泉徴収したうえ、これをそれぞれの所轄税務署長に納付しており、また、右顧問料から健康保険法、更生年金保険法等による保険料を源泉控除しておらず、更に、原告に対し、夏期手当、年末手当、賞与の類のものを一切支給していないのである。

したがって、本件顧問料を雇用契約を前提とする給与としてではなく、弁護士業務に関する報酬に当たるものとしていることも明らかなのである(所得税法二〇四条)。

(三) 右の事実関係に照らせば、本件顧問契約に基づき原告が行う業務の態様は、原告が自己の計算と危険において独立して継続的に営む弁護士業務の一態様にすぎないものというべきであり、前記(一)の判断基準に照らせば、右業務に基づいて生じた本件顧問料収入は、所得税法上、給与所得ではなく事業所得に当たることは明らかである。

2 本件解嘱慰労金について

(一) 所得税法退職所得とは、「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与に係る所得をいう」(同法三〇条一項)ものとされ、給与所得に比較して控除額が多く(同条二項以下)、税率も軽減されている(同法二〇一条)。

所得税法が退職所得につき右のような優遇措置を講じているのは、退職手当等退職を原因として支給される一時金は、一般にその内容において退職者が長期間特定の事業所等において勤務してきたことに対する報賞及び右期間中の就労に対する対価の一部後払いたる性質をもつとともに、その機能において受給者の退職後の生活を保障しようとするものであるところから、このように過去における勤労の代償を一時に取得し、かつ、退職後の生活保障の趣旨をもつ所得に対して課税上通常の給与所得と同一に取り扱い、一時に高額の所得税を課することは、公正を欠き、かつ、社会政策的にも妥当でない結果を生ずることを考慮し、これを避けるためであると解されている。それ故、右規定における「退職により一時に受ける給与」に該当するためには、まず第一に、当該給付が従来の給与所得の源泉をなした勤務関係の終止によって初めて生ずる給付であること、第二に、当該給付が従来の長期間の勤務に対する報賞ないしは従来の労務の対価の一部後払いたる性質を有すること、第三にそれが、勤務関係終了の際に一時に支払われること(例えば、年金のように前記第一及び第二の要件を満たしていてもその後継続して定額に支払われるものは、一般の給与所得として取り扱われる。)の三要件を具備することを要するのである。

したがって、右規定にいう「これらの性質を有する給与」とは、形式上は右の要件のいずれかを欠くようにみえる給与であっても、その実質において右要件の要求するところに適合し、課税上「退職により一時に受ける給与」と同一に取り扱うことを相当とするものを指すものと解すべきなのである。

(二) 以上の点について本件解嘱慰労金の性格を検討するに、前記1の(二)で述べたとおり、原告と小松ゼノア株式会社との間においては、雇用契約又はこれに準ずる契約は何ら存在せず、勤務関係がそもそもなかったのであるから、本件解嘱慰労金の給付が従来の給与所得の源泉をなした勤務関係の終止によって生じたいわゆる給与の後払い的性質を有する給付、つまり退職手当等に該当する余地は全くないのである。

しかも、小松ゼノア株式会社においては本件解嘱慰労金の額の一〇パーセント相当額を所得税として源泉徴収したうえ、これを所轄税務署長に納付しており、また、原告に対し、夏期手当等の類のものを一切支給していないのであるから、同社も本件解嘱慰労金を雇用契約を前提とする給与としてではなく、弁護士業務に関する報酬に当たるものとしていることは明らかである(所得税法二〇四条)。

(三) 右の事実関係に照らせば、小松ゼノア株式会社との顧問契約に基づき原告の行う業務は、その営む弁護士業務の一態様にすぎないのであるから、本件解嘱慰労金収入は、原告が永年小松ゼノア株式会社の顧問として法律相談等の弁護士業務を行っていたことに起因して支払われた報酬であると解するのが相当であり、前記1(一)及び右(二)の判断基準に照らせば、所得税法上、退職所得でも給与所得でもなく事業所得に当たることは明らかである。

3 本件日当について

(一) 弁護士として事件受任の時に取り決めた報酬とは別に依頼者から受け取る日当は、弁護士が依頼者のために本来の業務を行う自己の事務所所在地を離れた出張先でその業務を行う必要上あらかじめ交通費、宿泊費に含まれていない出張中の小額の諸雑費の支出されることが予定されているので、その実費の弁償と認められる限りにおいて、右日当が一面、必要経費としての性質を有するものというべきであるが、他面、交通機関等により比較的長距離を往復せねばならないこと、相当長期にわたり自己の事務所を離れて当該事件のために拘束されること等に対する対価、つまり報酬としての性質をも有するものと解されるのである。

したがって、給与所得者がその本来勤務する場所を離れて勤務するため旅行した場合に、その雇用主から支給される金品のように、現行所得税法上その旅行について通常必要とされる範囲において非課税所得とされる規定(所得税法九条一項四号)の存しない以上は、事業所得者である弁護士の受ける右日当は、それが所得税法二七条二項の「総収入金額」に該当しないということはできないばかりでなく、出張等の事実が存する限りにおいて使途が明らかな交通費、宿泊費のようにその金額を当然事業所得計算上必要経費と認定することも許されないのである。

すなわち、ある支出が必要経費の額に算入されるためには、客観的にみて、それが業務と直接関係があり、かつ、当該業務の遂行上必要な支出でなければならず、右支出行為は、事業所得者の行う業務の一態様にほかならないから、必要経費の支出が事業所得を生ずべき事実に係る資産、負債及び資本に影響を及ぼす一切の事項(所得税法施行規則五七条)に該当しなければならないのである。

(二) 原告は本件日当をもって支弁する金銭の支払先であるタクシー会社等への支払は所得税法施行規則五七条の取引に該当しないのでその支出を記録する義務がない旨主張する。

しかしながら、次に述べるとおり、右主張は失当である。

(1) 所得税法は、不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき業務を行う青色申告者に対して、各種の特例を認める一方、右業務につき帳簿書類を備え付けてこれに不動産所得の金額、事業所得の金額及び山林所得に係る取引を記録し、かつ、当該帳簿書類を保存する義務を負わせている(同法一四八条一項)。

そして、所得税法施行規則五七条一項は、右取引の記録について、不動産所得を生ずべき不動産等の貸付け、事業所得を生ずべき事業、山林所得を生ずべき業務のそれぞれに係る資産、負債及び資本に影響を及ぼす一切の取引を正規の簿記の原則に従い、整然と、かつ、明瞭に記録しなければならない旨規定しているのである。

(2) そこで、本件日当をもって支弁する金銭の支払先であるタクシー会社等への支払が右取引に該当するかどうかについて判断すると、原告が依頼者から受け取った本件日当は、所得税法二七条二項の事業所得の「総収入金額」に該当するのは明らかであり、本件日当をもって支弁する金銭の支払先であるタクシー会社等への支払いが、事業所得の総収入金額たる本件日当の額から控除すべき必要経費に当たるとすれば、本件日当の額から右支払の額を控除した金額が本件日当に係る事業所得となり、また右支払をすることにより資産(現金)が減少するのであるから、右支払は事業所得の金額に係る取引及び事業所得を生ずべき事業に係る資産、負債及び資本に影響を及ぼす取引に該当することは明らかである。

(三) 原告は本件日当から支弁した金銭を、帳簿書類に「一括記載」することは、帳簿書類の記録の方法を定めた本件大蔵省告示の予定するところである旨主張する。

しかしながら、次に述べるとおり右主張は失当である。

(1) 青色申告者の帳簿書類の記録については、本件大蔵省告示により三通りの具体的記録の方法等が定められている。

(ア) すなわち、その一は所得税法施行規則五六条の規定によるもので、同条の規定を受けて同施行規則五八条及び五九条は、青色申告者はすべての取引について仕訳帳及び総勘定元帳その他必要な帳簿を備え、仕訳帳には、取引の発生順に取引の年月日、内容、勘定科目及び金額を、総勘定元帳には、その勘定ごとに、記載の年月日、相手方の勘定科目及び金額を、それぞれ記載しなければならないと規定し、勘定科目ごとの具体的記載方法は本件大蔵省告示別表第一の一(事業所得の部)(イ)(一般の部)の第一欄によることとされている。右の場合、例えば「現金出納等に関する事項」の記載事項は、「現金取引の年月日、事由、出納先及び金額並びに日々の残高」とするとされているが、その備考欄で「少額な取引については、その科目ごとに、日々の合計金額のみ一括記載することができる。」旨規定されている。

したがって、備考欄に該当する取引についての一括記載は許されるが、その場合であっても、帳簿書類の整理保存を定めた同施行規則六三条の適用を受けるのであるから、同条に定める整理保存すべき帳簿書類(本件日当の場合、本件日当から支弁した事実を記録した帳簿書類及び相手側から受け取った領収書その他これに準ずる書類)は当然に保存しなければならない義務を負うのである。

(イ) その二は、同施行規則五六条一項ただし書の規定による簡易な記録の方法及び記載方法である。同施行規則五六条一項は、「青色申告者は、不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき業務につき備え付ける帳簿書類については、次条から六四条までに定めるところによらなければならない。ただし、当該帳簿書類については、次条から五九条まで、六一条及び六四条の規定に定めるところに代えて、大蔵大臣の定める簡易な記録の方法及び記載事項によることができる。」と規定し、右簡易な記録の方法及び記載事項は、本件大蔵省告示別表第一の一(イ)の第二欄の定めるところにより、整然と、かつ、明瞭に記載しなければならないこととされている。右の場合、例えば「現金出納等に関する記載事項」は第一欄に同じであるが、備考欄で「少額な取引又は保存している伝票、領収書等によりその内容を確認できる取引については、現金売上、雑収入その他の入金並びに現金仕入、仕入以外の費用及びその他の出金に区分して、それぞれ日々の合計金額のみを一括記載することができる。」規定されている。

しかし、右の場合であっても、本条ただし書に同施行規則六三条が掲げられていないことから明らかなとおり、前記(ア)と同様整理保存すべき帳簿書類は当然に保存しなければならない義務を負うのである。

(その三は小規模事業者を対象とするもので、原告には該当しない。)

(2) 以上の規定から明らかなとおり、原告が本件日当を少額な取引に該当するとして本件大蔵省告示別表第一の一の(イ)の第一欄備考欄又は同第二欄備考欄の規定に基づき「一括記載」するというのであれば、本件日当をもって支弁する金銭について領収書その他これに準ずる書類により、その支出年月日、支出先、支出金額など、日当の支出内容が具体的に確認できる状態にした上で一括記載をしなければならないところ、原告は、本件日当につきその支出の記録義務がないとしてその具体的記録をしないばかりか、領収書等の保存もせず、単に本件日当を費消したとして本件日当と同額の金額を支出額として原告の帳簿に記載したものと認められるから、原告の主張する「一括記載」が本件大蔵省告示の予定する「一括記載」に当たらないことは明らかである。

(四) 原告の実績主張(原告の反論3の(四))について

(1) 原告は、別表七、八に各記載のとおり、本件日当からタクシー代、食事代、車中飲物代、読物代、その他の費用を支出した旨主張するが、右主張は、次のとおり、全く信ぴょう性のないものである。

(ア) タクシー代について

<1> 本件係争各年分中の例えば東京都の特別区内におけるタクシー利用料金は、昭和五四年九月一日及び同五六年九月二日に値上げされており、また、長岡市におけるそれも昭和五五年九月二一日に値上げされている。

<2> 原告主張のタクシー料金がいずれも本件係争各年分後の、しかも、値上げされた後のものであることは、前述のとおりである。

<3> 新潟地方裁判所長長岡支部は、昭和五五年一二月中旬ころ、長岡市信濃二丁目六番一号(以下「旧裁判所」という。)から長岡市三和三丁目九番二八号(以下「現裁判所」という。)へ移転している。長岡駅から旧裁判所所在地までは約一・五キロメートルの距離に、現裁判所所在地までは約二・五五キロメートルの距離にある。

<4> 原告主張のタクシー代は、係争年分を通して、原告の事務所・東京駅間にあっては一律「約七〇〇円」へ別表八の「発着駅」欄の東京駅)、原告の事務所・上野駅間にあっては直行する場合が一律「約一三五〇円」、都内で宿泊する場合が一律「約二一〇〇円」(約八〇〇円と約一三〇〇円との合計額、別表八の「発着駅」欄の上野駅)、また、長岡駅・新潟地方裁判所長岡支部間にあっては直行する場合が一律「約八〇〇円」、長岡市で宿泊する場合が一律「約一三〇〇円」(約五〇〇円と約八〇〇円との合計額、別表八の「出張地」欄の新潟県長岡市)とされている。

<5> 原告は、長岡駅・新潟地方裁判所長岡支部間のタクシー代につき、右<4>のとおり一律「約八〇〇円」とする一方で、右支部につき「長岡市の新開地信濃川河川敷修正工事地、長岡駅より自動車にて五百円乃至七百円の距離」と主張したり、また、岡田幸二から受任した用務で三重県熊野市に出張すると、熊野市に宿泊し(その一つが「くまのオレンジ」である。熊野駅・くまのオレンジその他の宿泊先間及び宿泊先・津地方裁判所熊野支部間のタクシー代をいずれも一律「約二五〇〇円」とする一方で(別表八の「出張地」欄の三重県熊野市)、熊野駅・宿泊先(くまのオレンジ)間のタクシー代について「片道料金二〇〇〇円近くかかった」と供述するなど原告主張等には全く整合性がない。更に、原告は、熊野市へ出張した際熊野駅より「駅が六つほど手前の」尾鷲というところにある「尾鷲オレンジ」にも宿泊したと主張・供述しており、仮に右原告の主張・供述どおりだとすれば、熊野市所在の宿泊先・熊野支部又は熊野駅間のタクシー代の支弁などそもそもなかったこととなってしまい、原告主張等には全く信ぴょう性がない。

<6> 右<1>ないし<5>に述べたとおり、原告主張のタクシー代は一律一定額であって、タクシー料金の値上げ及び新潟地方裁判所長岡支部の移転などの事実が全く反映されておらず、原告主張・供述に全く整合性のないことや、原告主張のタクシー料金が本件係争各年分後に改定(値上げ)された後のものであることを併せ考えると、原告主張のタクシー代は、本件係争各年分当時の記憶をたどって求められたものではなく、むしろ、本件係争各年分後のタクシー料金を基礎として一定の想定の下に算定されたものにすぎないと考えられるから、原告主張の資料が十分なものでないことは明らかであり、また、値上げ後のタクシー料金を基礎としているので原告主張額が高額となっていることも明らかであって、これを原告の事業所得に係る必要経費に算入することは到底容認できるものではない。

(イ) 別表六の番号17の出張について

<1> 原告は、昭和五五年一月二一日から同月二二日までの間、小松ゼノア株式会社から受任した用務で大阪市に出張(別表六の番号17の出張)し、同月二一日に新大阪駅から宿泊先まで約二〇〇〇円、同月二二日に宿泊先から裁判所まで約九〇〇円のタクシー代を支弁したと主張(別表八の「出張地」欄の大阪市)するが、原告は、右出張期間中に、原告が宿泊先であると供述する大阪市内の中之島「ロイヤルホテル」に宿泊していない。

<2> 右<1>の事実に、原告が旅費を受領した日は昭和五五年一月二二日であることを併せ考えると、大阪市への出張日は昭和五五年一月二二日でしかも日帰りによる出張ではないかと考えざるを得ない。そうであれば、原告主張の資料は不完全なものであるといわざるを得ず、宿泊費ばかりか、新大阪駅・宿泊仙先間・宿泊先・裁判所間のタクシー代の支弁はなかったこととなって、これを原告の事業所得に係る必要経費に算入することは到底容認できない。

(ウ) 別表六の番号8の出張について

<1> 原告は、昭和五五年五月二二日及び同二三日に長岡市に出張する際の交通費一万八八〇〇円は原告の住所所在地の横須賀線鎌倉駅から裁判所所在地の長岡駅までの間の乗車券、上野駅から長岡駅までの間の特急券並びに上野駅から長岡駅までの間及び鎌倉駅から東京駅までの間のグリーン券の料金(往復分)である旨主張する。

<2> しかしながら、次に述べるとおり、原告主張は整合性を欠き、全く信ぴょう性のないものといわざるを得ない。

すなわち、原告が主張する原告弁護士事務所の旅費額の定めによれば、鉄道運賃は事務所所在地から出張地の裁判所の最寄りの駅までの鉄道運賃であるとされているが、これと右<1>の主張とは符合しないし、また、原告は右出張に当たり、昭和五五年五月二二日に訴訟記録を上野駅のロッカーに預けるため、事務所と上野駅間をタクシーで往復し、タクシー代約二七〇〇円を支出した旨主張する一方で右ロッカー代の支出については何ら主張をしない。原告は、右出張に当たり、昭和五五年五月二二日に東京都内で宿泊し、また出張用務を終えて同月二三日に事務所に帰着したので、原告主張の宿泊費、タクシー代を支出した旨主張するが、長岡市への出張に当たり、東京都内に宿泊したとされているのは右の出張のほか七回あり、また、出張用務を終えて事務所に帰着するのも右の出張のほか一四回あるとされているが、その中で、鎌倉駅と東京駅間をグリーン車を利用したというのは一度もない。

以上の点からすれば、原告が右出張の際、果たして、訴訟記録をロッカーに預けたものかどうか、そのためのタクシー代を支出したものかどうか疑問である。また、仮に、右出張の交通費が原告主張のとおりであるとすれば、右出張は、実際には、鎌倉駅から長岡駅まで直行したものであって、東京都内における宿泊費、それに伴うタクシー代の支出はなかったものとみるのが相当である。

(2) 原告が依頼者から受領する旅費等につき、これを非課税所得とする規定の存しない以上これが原告の事業所得に係る総収入金額に算入されるべきはもちろんのこと、これが客観的にみて業務と直接関係をもち、かつ、業務の遂行上通常必要な目的に現実に支出された場合に、その支出額が原告の事業所得に係る必要経費の額に算入されることとなるのであって、必要経費に算入される支出か否かは、右要件に該当する支出であるか否かであり、旅費等の内訳を構成する交通費、宿泊費及び日当の各名目は全く関係ないのである。

(3) ところで、必要経費について、納税者が行政庁の認定額を超える多額を主張しながら具体的にその内容を明らかにせず、、したがって行政庁としてその存否、数額についての検証の手段を有しないときは、経験則に照らし相当と認められる範囲でこれを補充し得ないかぎり、これを架空のもの(不存在)として取扱うべきものであることは当然である。なぜならば、必要経費の存否及び金額についての立証責任は原則として行政庁にあるものと解されているが、その性質上、支出者たる納税者の指摘によらなければ、実体の把握の不可能な場合が多く、納税者が行政庁の調査・認定し得た額を超える多額を主張しながら具体的にその内容を明らかにしない場合に、係争部分についての不存在の立証責任を行政庁に負担させることは、もとより妥当性を欠くからである。

原告主張に整合性がないことは、右(1)で指摘したとおりであって、原告が出張するに当たり、出張地又は東京都内に宿泊したものかどうか極めて疑わしいものがあり、しかも、原告は、宿泊先名及びその所在地並びに宿泊費を具体的に明らかにせず、青色申告者であるにもかかわらず領収証等の保存がなされていないのでこれを明らかにすることはできないというのであるから、被告としては宿泊費及び宿泊に伴う例えば事務所・宿泊先間のタクシー代等の存否、数額についての検証手段がなく、加えて原告主張のタクシー代は本件係争各年分後のタクシー料金を基礎として見積られた金額であると考えられることにかんがみれば、これらの支出の事実及び支出額は、原告において正確な記録又はそれらの裏付けるに足る十分な資料により立証すべきであり、右立証のない本件においては、これを架空のもの(不存在)として取扱うべきである。

(五) 原告の実額主張について、その使途目的等を検討すると、次のとおりであり、原告が、本件係争各年分において、依頼者から受領した旅費等の中から、既に必要経費に算入されている金額を超える原告の必要経費の支出はなかったものである。

(1) 原告の実額主張に係る別表六ないし八を本件争各年分ごとに整理すると別表九の(一)ないし(三)のとおりであり、これを更に、経費性のものと、その全部又は一部が家事関連費に該当するものとに分類整理したものが別表一〇の(一)ないし(三)である。

(2) 原告主張の使途目的のうち、交通費、タクシー代、ロッカー代及び証人訪問菓子折代についてはその支出が現実になされたことが証明されるか、あるいは極めて高い蓋然性でその支出が推認される場合は原告の事業所得に係る必要経費と認めるのが相当であるから、これらの目的のために支出される金額は、原告の事業所得に係る必要経費の額に算入され得るものと考えられる。

このため、原告が右目的に支出したという金額を別表一〇の(一)ないし(三)の「<1>経費性であるもの」欄に記載した。

(3) 原告使途目的のうち、宿泊費及び旅館料金については、家事上の経費又はこれに関連する経費をも含むものと考えられ、また、車中飲物等代、昼食代及び夕食代については家事上の経費と考えられるので、これらの目的のために現実に支出された金額があるとしても、それが事業所得を生ずべき業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができなければ(所得税法施行令九六条)これを原告の事業所得に係る必要経費の額に算入することはできない。

このため、原告が右目的に支出したとする金額を別表一〇の(一)ないし(三)の「<5>家事関連費等」欄に記載した。

(4) 別表一〇の(一)ないし(三)の「<5>検討額」欄は次のとおりであって、仮に当該経費の支出が認められたとしても必要経費に算入される金額は右各表の<ヘ>欄の金額に止まるのである。

(ア) 同欄の「<ロ>経費性のあるもの」欄中の「交通費」欄か原告主張額をそのまま記載した。また、同欄中の「ロッカーその他」欄も右同様に原告主張額を記載した。

(イ) 次に、同欄中の「<ハ>タクシー代」欄は別表一一より求めた。別表一一は長岡市におけるタクシー料金を検討するため、被告の調査に基づき作成したものである。

<1> 長岡市におけるタクシー代の支弁については別表一〇の(一)ないし(三)の「<1>経費性のあるもの」欄の「<2>旅費」欄中の「長岡市」欄のとおりであるが、これをタクシーの利用区間ごとのタクシー代をみるため整理すると、別表一一の「<1>原告主張」欄中の「<2>の内訳」欄に記載したとおりになる。

なお、別表一一の「番号」及び「項目」の各欄は、別表九の(一)ないし(三)及び別表一〇の(一)ないし(三)の「番号」及び「項目」の各欄にそれぞれ照応するようにした。

<2> 別表一一の「<イ>タクシー料金(中型車)」欄及び「<ロ>実則額(小型車)」欄は被告の調査に基づいて記載したものであり、「<ホ><イ>、<ロ>からの推測料金」欄は、右調査結果から本件係争各年分当時の長岡駅から旧裁判所又は現裁判所までのタクシー代を推測し、その推測して求めた料金を記載したものである。同表の「<ヘ>原告主張」欄は、長岡駅から裁判所までのタクシー代について、原告主張額を本件係争年分別に取りまとめたものであり、「<ト><ホ>から求めた料金」欄は、前記推測料金を基礎として、本件係争年分当時、タクシーを利用した場合のタクシー代を求めて、これを記載したものである。同表の「<チ>比率」欄は、右の本件係争年分当時、タクシーを利用した場合のタクシー代が前記原告主張に占める割合を本件係争年分別に求めて記載したものである。

<3> そうすると、本件係争各年分当時タクシーを利用したのであれば必要とされたであろう金額は、昭和五四年分にあっては原告主張額の五一・二五パーセワント程度、昭和五五年分にあってはその五三・三九パーセント程度、昭和五六年分にあっはその八〇・六三パーセント程度ではなかったかと考えられるので、別表一〇の一ないし三の「〇ハタクシー代」欄は原告主張額に右の比率を乗じて求めた金額を記載した。すなわち、それは、昭和五四年分(別表一〇の(一))にあっては原告主張額一万四六〇〇円と二万六七五〇円の合計四万一三五〇円に(別表一〇の(一)のタクシー代」欄)、五一・二五パーセントを乗じて求めた二万一二〇〇円と、昭和五五年分(別表一〇の(二))にあっては原告主張額六四〇〇円と四万七五〇〇円の合計五万三九〇〇円に(別表一〇の(二)の「タクシー代」欄)、五三・三九パーセントを乗じて求めた二万八七八〇円と、昭和五六年分(別表一〇の(三))にあっては原告主張額九〇〇〇円と五万八三五〇円の合計六万七三五〇円に(別表一〇の(三)の「タクシー代」欄)、八〇・六三パーセントを乗じて求めた五万四三一〇円となる。(いずれも一〇円未満を切り上げ)。

(ウ) 別表一〇の(一)ないし(三)の「<ホ>室代等」欄については、次のとおりである。

<1> 被告の調査によると、原告主張の宿泊費及び旅館料金中にも業務上の経費と家事上の経費等とが一体となっているものと考えざるを得ない。

<2> このような場合には、その支出のうちその所得を生ずべき業務の遂行上必要であって、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができるときに、その必要である部分に限り必要経費に算入し、これが明らかに区分されないときにはその全額が必要経費に算入されないこととなる(所得税法施行令九六条)。

<3> 原告は、宿泊先から交付される領収書を捨ててしまっているのでその必要である部分を明らかに区分することもできないから、右の<2>のとおり、その全額が必要経費に算入されないこととなる。

<4> しかしながら、原告は出張地において現実に宿泊料金を支出していると認めるのが相当であるから、このような場合にその全額を必要経費に算入することが妥当である。

<5> ところで、別表六の番号1(別表九、一〇の各(一)の番号1)の出張において、宿泊費として原告が受領した金額は一万円であるが、原告が素泊りの宿泊費として支出した額は四四〇〇円(その内訳は室代四〇〇〇円奉仕料四〇〇円)であるから、素泊りの宿泊費は受領額の四四パーセント相当額である。また、別表六の番号23)の出張に係る宿泊費として原告が受領した金額は二万円であるが、食事代等込みの宿泊費は一万二〇〇〇円であるから、食事代を含んだ宿泊費は受領額の六〇パーセント相当額であるといえる。そうすると、受領額中の四四パーセント相当額が室代の料金であり、六〇パーセントから四四パーセントを控除した一六パーセント相当額が食事代等の料金であると考えることができる。

<6> そこで、別表一〇の一ないし三の「<ホ>室代等」欄は、原告が受領した宿泊費の四四パーセント相当額(その内訳は室代と室代の一〇パーセント相当額の奉士料)を記載した。

ただし、室代相当額が四〇〇〇円を超えると料理飲食等の消費税が課されるので、このような場合には次の算式

税額={(宿泊料金―奉仕料)―基礎控除二〇〇〇}×税額10%

で求めた税額をその四四パーセント相当額に加えた額を記載した。

(エ) そして、右の二つの出張については宿泊の事実を認めることができるものの、別表六の番号17(別表九、一〇の各(二)の番号12)の出張については、その事実が認められず、したがって、原告主張の出張については、三度に一度は宿泊の事実がないものといえるから、別表一〇の(一)ないし(三)の「<ヘ>合計」欄は、同表の「<ニ>合計」欄の金額に「<ホ>室代等」欄の金額に三分の二を乗じて求めた金額を加えた金額を記載した。

(5) 右(1)ないし(4)に述べたことからすると、次のとおりになる。

(ア) 原告は、依頼者から受領した旅費等(その内訳は交通費、宿泊費及び日当)を本件係争各年分の事業所得に係る総収入金額に算入するとともに、これと同額を旅費交通費として必要経費にも算入して確定申告し、被告は、右旅費等のうちの交通費及び宿泊費に相当する金額については概括的にその支出を推認してその必要経費算入を認め、本件日当に相当する金額についてはその支出が認められないので必要経費算入を否認したのであるから、右旅費等のうち既に必要経費に算入されている金額は、昭和五四年分にあっては旅費受領額四一万三九六〇円から日当相当額二一万円を控除した二〇万三九六〇円であり、昭和五五年分にあっては旅費受領額五六万五三六〇円から日当相当額二八万五〇〇〇円を控除した二八万〇三六〇円であり、昭和五六年分にあっては旅費受領額八三万五二〇〇円から日当相当額四〇万円を控除した四三万五二〇〇円である。

(イ) そして、別表一〇の(一)ないし(三)をみると、原告の事業所得に係る必要経費の額は、右(4)で述べたとおり、昭和五四年分にあっては一五万七九六〇円(別表一〇の(一)の「<ニ>合計」欄)、昭和五五年分にあっては一七万〇一四〇円(別表一〇の(二)の「<ニ>合計」欄)程度とみられるが、それらの金額はいずれも既に必要経費に算入されている金額の範囲内である。

(ウ) 更に、支出の証明があり又は高度の蓋然性でその支出が推認されるとして必要経費の算入され得る金額も、昭和五四年分にあっては一七万八四九三円(別表一〇の(一)の「<ヘ>合計」欄)、昭和五五年分にあっては二〇万三四七三円(別表一〇の(二)の「<ヘ>合計」欄)、昭和五六年分にあっは三七万三二四三円(別表一〇の(三)の「<ヘ>合計」欄)程度とみられるが、それらの金額はいずれも既に必要経費に算入されている金額の範囲内である。

(エ) したがって、被告は、既に必要経費に算入されている金額を超える原告の必要経費の支出はなかったものである、と主張するものである。

九  被告の再反論に対する原告の認否

被告の再反論はすべて争う。ただし、被告の再反論1の(二)についての認否は、被告の主張2の(二)の(三)の<1>ないし<5>についての原告の認否と同じであり、また、被告の再反論2のうち、本件解嘱慰労金が、原告と小松ゼノア株式会社との間の顧問契約が終了したことに起因して、右会社から原告に支払われたものであることは認める。

第三証拠関係

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

理由

一  昭和五四年分更正の取消しを求める訴えの適否について検討する。

原告の昭和五二年ないし同五五年分の所得税に係る各確定申告、各更正、再更正の内容が別表二の各年分の表のとおりであること(ただし、同表の昭和五五年分の表のうち、確定申告欄の純損失の翌年繰越額欄の金額を除く。)は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証によれば、別表二の昭和五五年分の表のうち、確定申告欄の純損失の翌年繰越欄の金額に当たる額は、同表同欄記載のとおりの二一四万八六三〇円であることが認められる。

右事実によれば、原告の昭和五四年分の所得については、原告がした確定申告及び被告がした更正のいずれも、総所得金額は零円であり、税額も同一であること、また、昭和五五年に繰り越される純損失の金額は、確定申告と更正との間でその額に差があるけれども、両者とも、右繰越純損失の金額は、すべて昭和五二年に発生した純損失の金額の繰越控除残金であることについては変わりがないこと、、したがって、右繰越純損失の金額は昭和五五年で控除打ち切りとなる(所得税法七〇条一項)のであるが、原告の昭和五五年分の所得については、確定申告及び更正のいずれにおいても、右繰越純損失によって控除されるべき所得が生ぜず、純損失が生じているのであるから、昭和五四年から繰り越された純損失の金額は昭和五五年分の所得金額から控除されることはなく、また、同年をもって控除打ち切りとなるので、原告の昭和五六年分以後の所得金額から控除されることもないことが明らかである。

してみると、昭和五四年分更正については、仮に原告主張のとおりであるとしてこれを取り消してみても、原告の同年分の所得税額には何ら変動を及ぼさないのであり、また、原告の昭和五五年分以後の総所得金額の計算上、純損失の繰越控除による影響を与えることも全くないのであるから(なお当裁判所の認定によっても、後に述べるように昭和五五年分の所得税については、純損失の金額が生じていることが認められる。)、原告の昭和五四年分更正の取消しを求める訴えは、その訴えの利益を欠く不適法なものというべきである。

二  請求原因1並びに被告の主張1の原告の本件係争各年分の事業所得の金額及び給与所得の金額の計算明細を記載した別表三の昭和五五年分及び昭和五六年分の「事業所得の金額」の各項目のうち、「1 確定申告額」欄の各金額、「5 減価償却費の必要経費算入否認」欄の各金額の加算、「6 青色申告控除の認容」欄の金額の減算、「給与所得の金額」の項目のうち「8 確定申告額」欄の各金額については、当事者間で争いがない。

したがって、本件で判断すべき主要な争点は、昭和五五年及び昭和五六年分(以下「本件係争両年分」という。)の所得税について、被告が<1>本件係争両年分の本件顧問料及び昭和五五年分の本件解嘱慰労金を当該各年分の事業所得と認定したことの適否、並びに、<2>原告が依頼者から受領した旅費等のうち本件係争両年分の本件日当を当該各年分の事業所得に係る総収入金額に算入し、かつ本件日当に相当する金額の必要経費算入を否認したことの適否であるので、以下この点について順次判断する。

三  本件顧問料について

一般に、事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ、反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいい、これに対し、給与所得とは雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいうものであり、給与所得については、とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならないと解される(最高裁判所昭和五二年(行ツ)第一二号同五六年四月二四日第二小法廷判決・判例時報一〇〇一号二四頁及び同裁判所昭和五三年(行ツ)第九〇号同日同小法廷判決・判例時報同号三四頁参照)。

これを本件についてみると、原告は別表四の「支払者」欄に記載の本件顧問先から顧問料として同表の昭和五五年分及び昭和五六年分の「金額」欄に記載の本件顧問料を受領したこと、原告は、右の本件顧問料をそれぞれ本件係争両年分の給与所得の収入金額に算入して確定申告をしたこと、原告は、東京都千代田区内幸町一丁目二番二号大阪ビル第二号館八六四号室に自己の法律事務所を有し、本件係争両年分当時継続して弁護士業を営んでいたこと、原告と本件顧問先との間の顧問契約はいずれも口頭で行われ、右顧問契約により原告の負担する債務は、本件顧問先の法律相談に応じて意見を述べるというものであること、右顧問契約は原告が本件顧問先に専従する等の拘束を伴うものではないこと、右顧問契約の具体的内容及びその履行の態様は、本件顧問先が随時質問してくる法律問題について、依頼の都度原告の事務所で原告の執務時間内に、多くは電話により、時には原告の事務所を訪れた本件顧問先担当者に対し、口頭で法律相談に応ずるというものであること、本件係争両年分当時、右顧問契約に基づく本件顧問先から原告に対する法律相談はほとんどなかったこと、本件顧問先は、原告に対して通勤手当、扶養手当、夏期手当、年末手当等を一切支払わず、本件顧問料に係る所得税の源泉徴収に当たっても、健康保険法、厚生年金法等による保険料の控除をせず、弁護士業務に関する報酬又は料金(所得税法二〇四条一項二号)として所得税を源泉徴収していること、以上の事実は当事者間に争いがない。

右事実によれば、原告は右顧問契約により本件顧問先のために常時専従する等、格別の支配、拘束を受けていないことは明らかであり、右顧問契約に基づき原告が行う業務の態様は、原告が自己の計算と危険において独立して継続的に営む弁護士業務の一態様に過ぎないものというべきであり、前記の判断基準に照らせば、右業務に基づいて生じた本件顧問料収入は、所得税法上、給与所得ではなく、事業所得に該当すると認めるのが相当である。

そうすると、被告が本件係争両年分の本件顧問料を当該各年分の事業所得に当たると認定したのは正当である。

四  本件解嘱慰労金について

原告は、昭和五五年七月二九日本件顧問先の一つである小松ゼノア株式会社から本件解嘱慰労金三三万三三三三円を受領し、その金額を昭和五五年分の給与所得の収入金額に算入して確定申告をしたこと、本件解嘱慰労金に関しては、原告と右会社との間にあらかじめ特段の定めはなかったこと、本件解嘱慰労金は、原告が右会社の顧問として右会社のために永年弁護士業務を行っていたこと及びその顧問契約が終了したことに起因して支払われたものであること、右会社は、本件解嘱慰労金に係る所得税の源泉徴収に当たって、本件顧問料と同様に、弁護士業務に関する報酬又は料金として所得税を源泉徴収していること、以上の事実は当事者間に争いがない。

右事実と、原告と右会社との間の顧問契約に基づき原告が行う業務の態様は、原告が自己の計算と危険において独立して継続的に営む弁護士業務の一態様に過ぎないものであって、右顧問契約に係る業務に基づいて生じた本件顧問料収入が事業所得に該当するとの前記三に述べたところを併せ考えると、本件解嘱慰労金もまた事業所得に該当すると認めるのが相当である。

原告は、この点に関し、本件解嘱慰労金は所得税法三〇条一項所定の退職手当等に該当する旨主張する。しかしながら、右条項所定の退職手当等とは、「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与」と定められており、右に該当するためには、少なくとも、当該給付が従来の給与所得の源泉をなした勤務関係(雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服する関係をいう。以下同じ。)の終止によって初めて生ずる給付であることが必要であるが、原告と右会社との間の顧問契約に係る業務に基づいて生じた本件顧問料収入は事業所得であって、給与所得に該当しないことは、前記三で述べたとおりであり、原告と右会社との関係を給与所得の源泉をなした勤務関係とみることはでき

ないのであるから、本件解嘱慰労金は退職手当等に該当するものとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、被告が本件解嘱慰労金を昭和五五年分の事業所得に当たると認定したのは正当である。

五  本件日当について

1  原告が本件係争両年分において、別表五の「支払者」欄に記載の者(古川純平を除く。)から、旅費等として別表六の昭和五五年分については番号7ないし10、17ないし21の、昭和五六年分については番号11ないし15、22ないし26の「 旅費受領額」欄記載の本件旅費等(以下、特に断らない限り、上記限定付したものを単に「本件旅費等」という。)を、うち日当として別表五の昭和五五年分及び昭和五六年分の「金額」欄に記載の本件日当(以下、特に断らない限り、上記限定を付したものを単に「本件日当」という。)を受領したこと、原告は本件日当を含む本件旅費等をそれぞれ本件係争両年分の事業所得の総収入金額に算入するとともにこれと同額を旅費交通費としてそれぞれ当該各年分の必要経費にも算入して事業所得の金額を算出し、本件係争両年分の確定申告をしたこと(被告の主張2の(四)の(1)、(2))は当事者間に争いがない。

2  本件日当の性質についてみるに、成立に争いのない甲第二二、第二四号証及び原告本人尋問の結果(ただし、後記採用しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨によれば、本件日当は、原告が受任事件に関して出張する際、受任時に取り決めた報酬とは別途に依頼者から交通費、宿泊費とともに受領する金銭であること、本件日当は、その中から交通費、宿泊費に含まれていない出張中の小額の諸雑費の支出が予定されているが、原告が当該出張中に現実に支出した雑費分を差し引いた残額を依頼者に変換することを要するものではないこと、また、本件日当の金額については、原告の弁護士事務所の定めに則り、昭和五五年までは一日当たり一万五〇〇〇円、昭和五六年からは一日当たり二万円の一律一定額の金員を依頼者から受領していることが認められる。

右事実によれば、本件日当は、その一部には、実費弁償金としての性質を有する部分のあることは否定し得ないが、出張の行程いかんにかかわりなく出張日数に応じた一律一定額が支給されるものであること、原告が現実に支出した雑費分を差し引いた残額の返還を要しないこと及びその日当額が、通常想定される雑費支出額に比較して、相当に多額なものであることからすると、原告が一定期間事務所を離れて当該事件のために拘束されることに対する報酬としての性質を有するものと認めるのが相当であり、原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は採用し難い。

右の点と、所得税法九条一項四号が給与所得者の出張費(ただし、その旅行について通常必要と認められるものに限る。)を非課税所得としている反面、弁護士等の事業所得者については出張費を非課税所得とする旨の規定が存しないことを併せ考えれば、所得税法上、原告が受領した本件日当は、課税対象になるものと解するのが相当であり、本件日当は、原告の事業所得に係る総収入金額に算入されるべきものである。

原告は、この点に関し、本件日当は報酬ではなく、事業収入には該当しない旨、また、条理上非課税と解すべきである旨主張(原告の反論3の(一)、(二))するが、右説示に照らし、到底これを採用し難い。

3  原告は、本件日当を収入とみるとしても、本件日当は青色申告者の備え付けるべき帳簿にその支出の細目の記載を要しないものであるから、その支出明細の記帳がなくとも、全額費消されたものとして、その金額を必要経費に算入すべきである旨主張(原告の反論3の(三))する。

しかしながら、原告が依頼者から受け取った本件日当が所得税法二七条二項の事業所得の総収入金額に該当することは右2で述べたとおりであり、本件日当から支出される諸雑費が必要経費に該当するのであれば、これを本件日当の額から控除した金額が本件日当に係る事業所得になるのであるから、右諸雑費の支出は、事業所得の金額に係る取引(所得税法一四八条一項)及び事業所得を生ずべき事業に係る資産、負債及び資本に影響を及ぼす一切の取引(同法施行規則五七条一項)に該当することは明らかである。

したがって、青色申告者である原告は、右法令に基づき、本件日当から支出される諸雑費について、その支出の記録(帳)義務があるものというべきである。

また、原告が本件日当を本件大蔵省告示にいう小額な取引に該当するとして、本件日当から支出する諸雑費を一括して帳簿に記載するのであれば、右諸雑費の支出について領収書その他これに準ずる書類により、その支出年月日、支出先、支出金額等、日当の支出内容が具体的に確認できる状態にした上で右一括記載をしなければならないことは、本件大蔵省告示及び所得税法施行規則五六条ないし五九条、六三条の定めに照らし、明らかである。

しかるに、原告は、本件日当について、これから支出されたと主張する諸雑費の支出内容を個々具体的に記帳せず、合計金額のみを記載し、これを証する領収書等の保存も全くしていない(原告本人尋問の結果及びこれにより成立を認め得る甲第一一ないし第一五号証により認め得る。)のであるから、原告が青色申告者として、本件日当につき右法令の是認する記録(帳)の方法をとっていないことは明らかである。

したがって、右のような記録(帳)の方法が法令上許されることを前提として、本件日当の支出明細の記録(帳)がなくても、全額費消されたものとして、その全額を必要経費に算入すべきであるとする原告の主張は、前提を欠き採用し難い。

また、原告は、被告が本件各更正(昭和五四年分更正を除く。以下同じ。)において、本件旅費等のうち、交通費、宿泊費については、その全額が費消されたことを認めておきながら、本件日当のみを区別し、支払の事実が認められないことを理由にその全額を事業所得として課税したのは法律の定めに基づかない課税であり憲法二九条、三〇条、八四条に違反する旨主張するが、課税庁がした事実認定の当否が違憲の問題を生ずる余地がないことはもとより、支払の事実がない場合にこれを必要経費に算入し得ないのは、所得税法上、当然のことであり、これを理由としてした本件更正には、何ら違憲の点はない。

4(一)  原告は、本件日当から支出した食事代、車中飲物代、読物代、タクシー代等の詳細は別表七、八記載のとおりであり、本件日当は全額費消されたのであるから、その全額を必要経費に算入すべきである旨主張(原告反論3の(四))する。

ところで前掲甲第二号証、成立に争いのない甲第三号証によれば、被告は本件各更正において、昭和五五年分については、原告が依頼者から受領した本件旅費等の合計金五六万五三六〇円のうち、交通費、宿泊費の合計額相当金二八万〇三六〇円を、昭和五六年分については、本件旅費等の合計金八三万五二〇〇円のうち、交通費、宿泊費の合計相当金四三万五二〇〇円を、それぞれ必要経費の額に算入していることが明らかであるから、本件においては、客観的にみて原告の業務と直接関係を持ち、かつ業務の遂行上必要と認め得る交通費、宿泊費、諸雑費の現実の支出合計額が、右被告認定の必要経費の金額を上回るか否かを検討しなければならない。

(二)  そこで、まず、原告主張に係る交通費(別表六の「 交通費」欄の金額)についてみるに、前掲甲第一一ないし第一五号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告が本件係争各年度において、別表六の番号1ないし26記載の出張をしたこと、その際、鉄道運賃として同表六の「 交通費」欄記載の金額を支出したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  次に、原告主張に係る宿泊費(別表六の「 宿泊費」欄の金額)についてみるに、原告本人尋問の結果によれば、原告弁護士事務所における宿泊料の定めは、一泊につき、昭和五五年までは一万円、昭和五六年からは二万円の一律一定額であり、右宿泊料と料理飲食等消費税、サービス料のみの料金(いわゆる「素泊り料金」であり、以下これを「室料等」と言う。)とし、食事代は含まないものとしていたこと、原告は、本件係争各年分当時において、右定めに則り、依頼者から右定額の宿泊費を別表六の「 宿泊費」欄記載のとおり受領したこと(もっとも、別表六の番号18ないし41の各出張については、出張先である軽井沢の宿泊料金が他と比べたかいので、一泊につき一万五〇〇〇円の割合による宿泊料金を受領した。)ことが認められ、原告は右宿泊費を、出張の際、室料等に全額費消した旨主張し、原告本人はこれに副う供述をする。

しかしながら、<1>原告は宿泊先のホテル名、旅館名をごく一部を除き明らかにしないこと、<2>原告が一部明らかにした宿泊先のホテル等について、被告が調査したところ、別表六の番号1の出張については、原告は、依頼者から宿泊料一万円を受領しているが、現実には、ホテル大黒に宿泊し、室代四〇〇〇円、奉仕料四〇〇円、合計四四〇〇円を支出したのみであること(弁論の全趣旨により原本の存在及びその成立を認め得る乙第二号証の一、二により認め得る。)、別表六の番号23の出張については、原告は依頼者から宿泊料二万円を受領しているが、現実には、くまのオレンジに宿泊し、室代、夕食代、朝食代及び税金サービス料込みで一万二〇〇〇円を、その他の雑費を併せて合計一万四二一五円を支出したのみであること(弁論の全趣旨により原本の存在及びその成立を認め得る乙第一号証の一、二により認め得る。)また、別表六の番号17の出張については、原告は、依頼者から宿泊料一万円を受領しているが、原告が右出張の際に泊まったと称するロイヤルホテルに宿泊してはいないので(弁論の全趣旨により成立を認め得る乙第九号証により認め得る。)、現実には大阪への日帰り出張をしたものと推認し得ること、<3>原告は別表六の番号4、7ないし10、12ないし14、18、20の各出張について、出張の前日、東京都内のホテル等で宿泊した旨主張するが、ホテル名はもとより、当該出張につき、特に都内に宿泊しなければならなかった具体的事情についても、明確な主張はなく、また、右宿泊の事実を証する領収書等の的確な証拠もないので、原告が、右出張の際、都内に宿泊したものとは認め難いことなどの諸点に照らすと、原告主張に副う前期原告本人の供述の信ぴょう性には疑問があり、他に原告の右主張を証する証拠はない。右の諸点によれば、原告が依頼者から受領した宿泊料の中から原告が室料等として現実に支出した金額は、右宿泊料を大幅に下回り、その半額以下であることが窺えるが、本件において、本件係争両年分につきこれを具体的に算出するに足りる証拠はない。

(四)  また、原告が本件日当から支出したと主張する諸雑費について、以下検討する。

(1) まず、別表七記載の諸雑費についてみるに、一般に、家事上の経費及びこれに関連する経費については、それが事業所得を生ずべき業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかにすることができなければ、これを事業所得に係る必要経費の額に算入することはできない(所得税法四五条一項一号、同法施行令九六条)と解されるところ、同表記載の諸雑費のうち、車中飲物代、読物代、食事代、旅館料金(旅館等へ支払った料金の中から室料等を控除したもの)については、家事上の経費又はこれに関連する経費を含むことが明らかであるが、これらについては、本件証拠上、その中で原告の業務遂行上必要である部分を認定することはできず、したがって、これらを必要経費に算入することはできない。なお、同表の「<8>夕食」欄のうち「(東京)一二、〇〇〇」「(東京一三、〇〇〇」と記載されているのは、原告の主張によれば、出張前日に東京都内に宿泊するときの夕食代又は出張を終え東京へ帰着後に都内でとる夕食代のことであるが、前記のとおり、原告が出張前日に都内で宿泊したとは認め難いこと、また、東京へ帰着後は原告の通常の生活における行動というべきであるので、出張後の都内での夕食、特段の事情がない限り、家事上の経費とみるべきこと(本件においては、右特段の事情を認めるに足る証拠はない。)から、右食事代については、右の点からしても、必要経費に算入し得ないものというべきである。

(2) 次に、別表七の「<9>その他」欄のロッカー代、菓子折代についてみるに、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告がロッカー代等を支出したこと、右支出は、全額、原告の業務遂行上、必要なものであったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(3) 更に原告主張に係る別表八記載のタクシー代についてみるに、<1>右タクシー代は、いずれも「約」の金額であるうえ、利用した区間が同じであれば常に一定の額であるとしており、出張先の新潟地方裁判所長岡支部が昭和五五年一二月中旬頃に場所を移転し、長岡駅と長岡支部との間の距離が約一キロメートル長くなり、タクシー料金が変わった(弁論の全趣旨により成立を認め得る乙第一〇号証により認め得る。)のにもかかわらず、右移転の前後を通じ、一律片道八〇〇円を支出したと主張していること、<2>成立に争いのない乙第四、五号証の各二、第六ないし第八号証によれば、原告が本件係争各年分当時におけるタクシー料金(中型車)であると主張(原告の反論3の(四)の(3))するものは、すべて本件係争各年分後に改定(値上げ)された後のものであることが認められ、原告主張のタクシー代は本件係争各年分後の、値上げされたタクシー料金を基礎として概算したものであることが窺えること、<3>前記のとおり、出張の前日に東京都内のホテル等で宿泊したとは認め難いので、別表八の「<7>旅館等に宿泊する場合」欄記載のタクシー料金は、いずれも、原告が現実に支出したものとは認められないこと、また、<4>同表の「<2>出張地」欄の「大阪市」の出張は、前記のとおり、日帰りであると認められるから、右出張について同表「<10>旅館等に宿泊する場合」欄のタクシー料金合計二九〇〇円の支出はなかったものと認められることなどの諸点に照らすと、原告が右主張に係るタクシー代を全額支出したものとは認め難く(これを認めるに足りる証拠はない。)、また、本件において、本件係争両年分につき、原告がタクシー代として現実に支出した金額を具体的に算出するに足りる証拠はない。

(五)  以上検討結果によれば、前記のとおり、被告は、本件係争両年分において、原告が依頼者から受領した本件旅費等(別表六の昭和五五年分については番号7ないし10、17ないし21の、昭和五六年分については番号11なし、15、22ないし26の「 旅費受領額」の金額)のうち、交通費(別表六の右と同番号の「 交通費」の金額)及び宿泊費(別表六の右と同番号の「 宿泊費」の金額)の合計額に相当する金額を必要経費の額に算入しているのであるが、右宿泊費については、原告が現実に室料等として支出した金額は右宿泊料を大幅に下回り、その半額以下であって、原告が受領した宿泊費と現実の支出額との間には相当の差額が存在することが窺えるのであり、原告は右差額でもって、原告が本件日当から支出したと主張する別表七、八記載の諸雑費の相当部分を賄うことが可能であるにもかかわらず、右諸雑費の支出につき帳簿の記帳、領収書等の保存を全くしておらず、本件訴訟においても、概算的な支出金額の主張をするだけで具体的な主張、立証を行わない(宿泊費についても同様である。)ため、被告としてもこれを検証する手段がなく、僅少な額であるロッカー代、菓子折代を除き、必要経費に算入し得る金額を具体的に認定し得ないことからすると、本件において、原告が、右被告認定額を超えた交通費、宿泊費、諸雑費の支出を行ったものとは認められないものといわざるを得ない。

したがって、、原告の本件日当が全額費消されたとする前記主張は採用し難い。

5  そうすると、被告が、本件係争両年分の本件旅費等のうち本件日当を当該各年分の事業所得に係る総収入金額に算入し、かつ、本件日当に相当する金額を必要経費に算入した原告の計算を否認したことは、正当なものというべきである。

六  以上二ないし五によると、本件係争両年分の所得税の総所得金額等の計算は、別表三の昭和五五年分及び昭和五六年分に記載のとおりとなり、これによれば、本件各更正(昭和五四年分更正を除くもの。)は適法である。

七  原告は、昭和五六年分の所得税について、過少申告となったのは、本件顧問料、本件解嘱慰労金、本件日当についての法律解釈の相違によるものであるから、本件賦課決定は違法であると主張するが、右は、結局、原告が独自の理論に基づき法律解釈を誤ったものに過ぎず、国税通則法六五条二項の正当な理由があると認められる場合に該当しないことは明らかである。

そうすると、原告は、別表一の昭和五六年分の更正の税額と確定申告の税額との差額(更正により納付すべき税額)につき、国税通則法六五条一項、一一八条三項、一一九条四項に則り算出される過少申告加算税二四万四七〇〇円を納付すべき義務がある。

したがって、本件賦課決定は適法である。

八  よって、本件訴えのうち、昭和五四年分更正の取消しを求める訴えは不適法であるから却下し、原告のその余の各請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木康之 裁判官 高橋利文 裁判官 青野洋士)

別表一

本件各課税処分の経緯

昭和五四年分

<省略>

昭和五五年分

<省略>

昭和五四年分

<省略>

別表二

昭和五二年分

<省略>

昭和五三年分

<省略>

昭和五四年分

<省略>

昭和五五年分

<省略>

別表三

<省略>

別表四

<省略>

別表五

<省略>

別表六

<省略>

(注) 「f往路」「g帰路」欄の「直行」とは、発駅・着駅間で途中下車しないということである。

別表七

食事代等一覧表

<省略>

(注) ロッカー代及び菓子折代を除き、「約」の金額である。

別表八

タクシー代一覧表

<省略>

(注) いずれも「約」の金額である。

昭和55年分

別表九の(二)

<省略>

(注) 昭和55年分の必要経費算入経費

別表2の3

(*3) (*4) (*5) (*6)

=140,160+110,000+15,200+15,000=280,360円

昭和54年分

別表九の(一)

<省略>

(注) 昭和54年分の必要経費算入済額

(*1) (*2)

=133,960+70,000=203,960円

昭和56年分

別表九の(三)

<省略>

(注) 昭和56年分の必要経費算入済額

(*7) (*8) (*5) (*6)

=250,400+215,000-15,200×15,000=435,200円

昭和54年分

別表一〇の(一)

<省略>

(*1) (*2)

(注) 昭和54年分の必要経費算入済額=133,960+70,000=203,960

「<ロ> 経費性のあるもの」欄中の「<ハ> タクシー代」欄は十円未満を切り上げ、「<ハ>合計」欄は円未満を四捨五入した。

昭和55年分

別表一〇の(二)

<省略>

別表10の(3)

(*3)(*4) (*5)(*6)

(注) 昭和55年分の必要経費算入済額=14,160+110,000+15,200+15,000=280,360

「<ロ> 経費性のあるもの」欄中の「<ハ> タクシー代」欄は十円未満を切り上げ、「<ハ>合計」欄は円未満を四捨五入した。

昭和56年分

別表一〇の(三)

<省略>

(*7) (*8) (*5) (*6)

(注) 昭和56年分の必要経費算入済額=250,400+215,000-15,200-15,000=435,200

「<ロ> 経費性のあるもの」欄中の「<ハ> タクシー代」欄は十円未満を切り上げ、「<ハ>合計」欄は円未満を四捨五入した。

別表一一

<省略>

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